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一から始める知財戦略

知的財産全般について言及します。

スタートアップの知財支援における傾向と対策

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1.はじめに

  今回は、久しぶりにスタートアップの知財について触れたいと思います。今までのブログでも多少触れている通り、私は、前職においてスタートアップや中小企業の知財戦略や特許出願を専門的に支援する部署に在籍していました。そのため、今でもやはりスタートアップや中小企業の方との繋がりが比較的多いです。

 ここ数年、特許庁をはじめスタートアップの知財活動を支援するための取り組みが非常に増えている状況です。このようなスタートアップ知財ブームを何とも言えない気分で眺めつつ、とは言えある程度ノウハウも蓄積していますので、少し自分なりに整理してみようという考えに至った次第です。

 とは言えスタートアップ知財と言っても、問題は多種多様です。資金力の問題や組織体系など考え始めればきりがないでしょう。そこで、今回は、いわゆる「知的財産分野の知識や経験(ノウハウ)」が少ない組織について考えてみたいと思います。その意味では、例えば、企業規模は大きくても知財に慣れていないような企業(例えば、多くの中小企業や商社)なども状況は同じと言ってしまっても問題はないでしょう。

 

2.知財ノウハウの正体

 「知財ノウハウ」がないとは結局どのようなものなのか。もっと言えば、「知財ノウハウ」がない組織とは何が問題になるのかという点です。私は、この点についての本質的な問題は、「組織的な意思決定能力の欠如」に他ならないと考えています。

 組織的な意思決定能力の欠如といっても個々の組織の状況は違います。例えば、「知財的な意思決定を行うことができる個人が存在していない組織」、「知財的な意思決定をできる個人は存在しているものの組織としてのコンセンサスを取ることが困難な組織」の2つのフェイズに分類できると考えています。

 まず、「知財的な意思決定ができる個人はいるものの組織としてのコンセンサスを取るのが困難な組織」について考えてみましょう。典型的には、組織内に有資格者(若しくはそれに準ずる人材)が少なくとも一人は存在するものの、社内全体に知財マインドは薄く、組織全体としては活動がうまく回っていないという状況を想定しています。このような組織については、まだまだ数は少ないものの優秀な方々が各組織で孤軍奮闘されているこのブログでは細かい言及は避けることにします。まぁいずれにせよ、このフェイズの組織では、意思決定の問題が致命的な問題になることは少ないと思います。

 問題は、「知財的な意思決定を行うことができる個人が存在していない組織」についてです。これは、組織内に知財的な知識を有する人材がほとんどおらず、知財(リーガル)的なリスクヘッジに対する判断が困難、あるいは多くの時間を費やす必要があるという状況にある組織です。先ほどとのバランスで考えれば、組織内に有資格者(若しくはそれに準ずる人材)が一人でもいない状況を想定しています。

 このような状況では、組織内の人間といわゆる外部専門家とのコミュニケーションエラーが往々にして起こることになります。

 例えば、明細書の記載にせよ、出願の方針にせよ、一般的な法律判断にせよ、「完璧」はあり得ません。リスクを伴う意思決定というものは常に生じることになります。このような組織において知財活動を行う場合、経営者からのトップダウンの支持がなければ、まず進むことはありません。よく考えれば当たり前ですね。相当高度な専門知識を持っていたとしても、発言力の少ないプレイヤーという状況で組織の意思決定を行う(経営者を説得する)ことは非常に困難です。

 では問題は、このような組織の経営者がどの程度のリスクを理解した上で、意思決定を行うことができるかという点です。勿論、例外というものは存在します。例えば、一定程度の知財の知見を有している場合や経営者が極めて優秀な場合です。このような例外的な経営者であれば、外部専門家からの簡単な説明のみで十分合理的な意思決定を行うことができる場合もあります。

 しかし、現実的にはそのような経営者は限られています。また、経営者は非常に多忙ですからそもそも知財活動に関与する時間が十分に確保できないこともあるでしょう。

 このような状況では、対応に当たる外部専門家はその意思決定(リスク判断)の一部を負担しなければならない状況が生じます。そして、この「形の見えないリスク負担」こそ、知財ノウハウがない組織と外部専門家が付き合う場合のやりにくさの最も本質的な原因になると考えています。

 当たり前のことだが、誠実に説明を行えば行うほど莫大な時間と労力が掛かります。また逆に説明を省略すれば、リスク判断の一部を負担することになりますから非常にリスキーです。私の経験上うまくいくのは、経営者が特定の外部専門家(例えば、私)を絶対的に信頼してくれているケースや経営者が知財は重要であり外部専門家の判断を尊重して知財活動を進めたいという明確な意思を示しているようなケースでしょうか。勿論、いずれのケースも外部専門家が誠実に標準以上の仕事を行うということが前提になりますが、現実的な落としどころはこの辺りになるのでしょう。

 つまり、外部専門家の立場として正直に言えば、スタートアップ知財の支援とは、誠実に向き合おうとすればするほど割に合わない難儀なタスクと言えるのです。昔某著名な先生に、「君たち(〇〇事務所)は、スタートアップを支援すること自体も凄いが、それを経営として成り立たせているのが本当にすごい」という趣旨の言葉を頂いたことがあります。言い換えれば、一定以上の外部専門家(弁理士)であれば、スキル的にはある程度対応は可能であるものの、採算を含めて継続的に支援を行うことが極めて難しいのです。

3.解決策の検討

 さて、このブログは別に愚痴を言うブログではありません。解決策を考えましょう。

 (1)まず一つは、経営者(組織)と外部専門家の双方が互いの信頼関係が最も重要であることを認識することなのだと思います。信頼関係があれば、意思決定を効率的に行うことができますし、問題が生じることも少ないでしょう。その意味では、スタートップ側の立場としては、結局のところ、相性のいい外部専門家と付き合うということが最優先すべき事項なのかもしれません。

 (2)もう一つは、組織内に知財的な意思決定を行う(又はそれに準ずるアドバイス)を行う人間を確保するということです。当たり前ですが、上述の有資格者を組織内に雇い入れてしまうというのが最も確実な方法です。とは言えそれも難しいという前提であれば、例えば、最近になって少しづつ増え始めていますがCIPOアドバイザーのような形で組織の利益を優先した意思決定を行ってくれる人材を確保したり、また、知財に詳しい友人にアドバイスをもらうというのも効果的だと思います。

 ただし注意しなければいけないのは、ここで言うアドバイザーは、あくまでも外部専門家とのコミュニケーションを円滑にするための存在だということです。アドバイザーが、単に組織の利益のみを主張したり、自身が組織から評価されることだけを考えるようではあまり意味がありません。

4.まとめ

 さて、久々に本気?を出してみましたが如何だったでしょうか。

 内容自体は、そこまで新しいものではありませんし、近いことを考えていた方は非常に多いように思います。スタートアップを中心に活躍されている弁理士の方々のアウトプットを拝見しても、割と似たようなことを考えている方はいそうですし、やはり前線にいる方々は似たような試行錯誤をしているんだろうなぁというのが正直な感想です。

 念のために言っておくと、別に悲観的なことを書いている訳ではないですし、スタートアップ界隈に関わるのを辞めたわけでもありません。単にスタートアップの支援には、相応の覚悟がいるというだけの話です。上の文章でも解決に向けた具体的な方法論までは言及していません。まだまだ、試行錯誤の繰り返しです。今後もブラッシュアップを続けていきますので、興味がある方はお付き合いいただければ幸いです。それではまた。