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一から始める知財戦略

知的財産全般について言及します。

数字で見る特許事務所経営とマネジメント(暇つぶし)

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1.はじめに

 こんな事を書いている暇があるなら、本業の仕事をすればいいのではないか。

 えぇ、おっしゃる通りです。まぁイベントやセミナーの予定が全て空くわけですから、流石にブログを書く時間も出てくるというものです。正直、このような状況が続くと、経済的な影響が心配ですね。

 さて、ブログのテーマですが、今回は、少し特許事務所のマネジメントについて触れてみたいと思います。最近ツイッターで呟いている方が多いようなので、少し考えてみたいと思います。具体的には、特許事務所の経営(マネジメント)という観点から見た地方と東京の差というところについて考えます。

2.弁理士(特許技術者)の限界

 良く話題に上がる議論ではありますが、弁理士をはじめとする士業の仕事は、一般的に労働集約型のビジネスモデルです。この点業界では、概ね新規出願4件+中間処理4件/月を取り扱うことができれば弁理士(特許技術者として)一人前であるというような表現をすることがあります。

 この取り扱う件数については、異論等ある部分かと思うのですが、関連案件(明細書の大部分が重複している等)、外国案件(条件に寄りけり)、弁理士の作業負担軽減(事務担当者の業務拡大や効率化)辺りを除けば、まぁこんなもんなのではないでしょうか。なお、こちらも異論等あるかと思いますが、個人的な感覚としては、基本的には一定以上のクオリティを前提に完全に新規で書き上げた場合、月のほとんどの作業時間を投資する程度(月に10~20時間程度の残業を許容)の時間がかかると考えています。ここで、重要な点は、特許事務所業務(特に明細書作成業務)は、労働集約型の業務であり、それ相応の作業があって初めて対価が支払われるという点です(これが良いかどうかは別)。

 さて、ではこの新規出願4件+国内中間処理4件という仕事に対して報酬はどの程度になるかと言うと、ざっくりと計算すると35万円程度×4+15万円×4=200万/月程度の売り上げになります。年に換算すると、概ね2000万円程度でしょうか。実際に外国や極端に利益率が良い案件を除けば個人としての収益は、このラインが限界でしょう。

 この水準よりも飛びぬけた所得を得たいという人間は、今なら例えば、リーガルテックに絡むか、某外資系コンサル会社に転職するか、別途投資をするか、考えるのが良いですね。至極まっとうな判断かと思います。

 実は、この数字は、大手事務所に勤務する弁理士の評価としても、ある程度有効に機能します。雇用者の売り上げに対する給与は、概ね売り上げの3~4割程度(実際に経営する立場としてもこんなものでしょうね)あると考えると、給与はおよそ700800万円のオーダーとなり、一人前の勤務弁理士の年収としては市場の感覚と概ね合致します。

3.1人事務所を前提とした経費

 さてこの点、特許事務所の経営という観点で見るとどうでしょうか。弁護士の場合、1人の弁護士に対して、1人の事務員という形態が一般的なように思いますが、弁理士の場合、特に外国案件に注力している事務所でなければ1人分の事務作業は発生しないように思います。1つの例として、都内の23区に2人の弁理士で事務所をシェアして、1人の事務員さんを雇うというような形態を例にとってみましょう。

 都内の小規模な事務所を賃貸するのであれば、40万円程度の家賃(管理費等々込み)+事務員さんの人件費30万円を2人で支払うとして、概ね35万円程度の経費になるでしょうか。これが地方であれば、家賃が圧倒的に安く済みますので、概ね20万円程度でしょうか。逆に言えば、特許事務所の経費は人件費がほとんどであり、人を雇わなければ、それほど大きな経費はありません(実際には交通費やシステム利用料等があるのでもう少し高いかも)。

 しかし、ここで問題が一つ、先程の新規出願4件+国内中間処理4件/月という基準は、あくまでも弁理士実務に注力する実務家が処理できる案件であるという点です。一人事務所であれ、事務所経営を行うのであれば、事務所運営に伴う事務作業、弁理士会等の活動や無料セミナー等の非営利業務も行わなければなりません。安定した顧客がいなければある程度の営業活動が必要でしょうし、安定した顧客がいるなら価格のプレッシャーに悩まされるかもしれません。いずれにせよ、処理できる案件の数(実務に避ける時間)は減るはずです。

 一方で、1人事務所を経営する最低限のメリットは何か。まぁ(正直私は勤務時代の給与より低くても構わないと思っているのですが)、やはり勤務弁理士と同程度は稼ぎたいということが信条であるという前提で見ると、700万+35万×121,120万円(地方であれば、700万+20万円×12940万円)が目標の売り上げになりそうです。実際には、自分の家の家賃等もかなり変わりますから、地方であれば800万円前後の売り上げであっても、それほど困らないかもしれません(勿論、投資の額にもよるが)。

 この180万円の差をどう捉えるかは難しいところですが、新規の明細書4件分と考えると割と馬鹿にできない差のような気がします。ある程度の規模の事務所であれば格別、労働集約型のビジネスモデル(特に1人事務所であれば)であるからこそ、この180万円の売上基準の差は地方が東京に比べて事務所経営の敷居を下げる決定的な差になり得る差だと思います。一方で、東京の明らかなメリットは、人材の採用でしょうね(事務所を拡大するにはやはり東京?)。

 

4.おわりに

 最近ツイッターで話題になっていたので、少し検討してみましたが如何でしょうか。具体的なエビデンス0のなんちゃって検証ですので、そんな考え方もあるかなぁと思っていただければ幸いです。他業種の方には、特許事務所の金の動きがある程度イメージできるという点で参考になるかもしれません。

 本当は今週かなり予定が詰まっていたのですが、まぁこういう時もあるでしょう。ちなみに当然ですが、上の例はあくまでも仮想事例で私の事務所の経営とは必ずしもリンクはしていません。ただ、元々、最近一人事務所の経営をされている方に会うと、割と『撤退ラインとして捉えている売り上げのラインが人によってかなり異なる』という印象があったことです。勿論、個人差はあるでしょうが、東京と地方の差を考える上で、重要なファクターの一つだという直感があったので、今回はそこにフューチャーしてみました。

 実は、上の観点とは別のポイントがもう一つあります。地方の場合は中小企業の顧客の割合が高まることは容易に想像できるのですが、中小企業を相手にした場合、上述の案件数(新規出願4件+中間処理4件)を処理することは極めて困難です。中小企業の案件は多くの場合、非常に時間がかかります。この点についても、経費が低いということは、自由に動ける(時間をかけられる)という点で有利に働くはずです。

 これらを考えると、特に小規模事務所が地方で経営を行うのは極めて有効な手法であると思いますし、中小企業への知財活動を広めるという意味での社会的な意義も大きいように思います。私も地方にブランチ(レンタルオフィス)を借りようかなぁ。

 余談ですが、この記事を書いた裏の理由として、最近の明細書(発明発掘含む)作成実務軽視の傾向が気に入らないということがありました。実際に国内明細書だけでは、中規模以上の事務所を維持するのは極めて困難なのが実情でしょう。さらに悪いことには、外注等の利用により明細書の品質をきちんと評価・検討できる人間が関与しないような形で特許出願が行われているという話も聞きます。まぁ色々と思うところがあったりします。

 それでは!明日以降は本業に戻れるといいなぁ(予定)。

 

<備考(大手事務所への配慮)>

 経営リスクや人件費を含む経費の額が桁違いです。小規模の事務所と一緒にしてはいけません。以上。