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一から始める知財戦略

知的財産全般について言及します。

知財(特許)の価値を評価するということ

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1.知財DD

 久しぶりに重めの記事を書こうと思います。皆さんは、知財DD(デュー・デリジェンス)という言葉をご存じでしょうか。知財DDとは、対象会社に対して、出資や事業提携、買収等を行うにさして、(1)対象会社に事業継続上のリスクがないか、(2)対象会社の技術力や将来性の価値が投資額に見合っているか等を知的財産(以下、「知財」と呼ぶ)の観点から確認することです。他にも、実際のM&A等の現場では、法務DD、財務DD等、様々な観点DDが行われます。

 私は、公認会計士でもありませんし、普段そこまでこのような業務に携わることはないのですが、以前、官公庁の入札案件で知財評価の案件等もかなり行っていましたので、知財評価を行う立場としての知財DDの可能性と限界について考えたいと思います。

2.求められる評価

 この点、M&A等の現場で最も求められることと言えば、間違いなく、知財の金銭的な価値評価です。そんなものどうやって算出するの?という疑問が湧いてくるのは容易に想像できますが、実は結構色々な方法が知られています。

  (1)コストアプローチ:知財に支払われたコストに基づいて知財の価値を算出する評価方法

  (2)マーケットアプローチ:類似する取引事例に基づいて知財の価値を算出する評価方法

  (3)インカムアプローチ:知財により得られた収益に基づいて知財の価値を算出する評価方法

 これらの金銭的な価値評価の手法は、公認会計士や研究者が中心となって、研究が進められているものの、やはりハードルが高く、万人が納得するような手法は開発されていないというのが現状のように思います。私自身は、こちらの分野にそこまで明るいわけではないので、あまり深入りするのはやめておくことにします。

3.知財DDの意義

 では知財DDが機能するのはどのような状況でしょうか。一つは、対象会社の事業継続上のリスクを明確化するということは可能です。

 例えば、コアな事業であるにも関わらず、いわゆるFTO(Freedom to Operate)調査を行っていないのであれば、これを行うことで将来的なリスクファクターを洗い出すことができるでしょうし、その対策を講じることもできるかもしれません。

 さらに言えば、大学やスタートアップ企業といった知財・法務機能の強くない組織の場合、例えば、独占的通常実施権の許諾を受けていると思っていたら、実は、「単なる通常実施権の契約しか結べていなかった」、「事業のコアになると思っていた特許権が実は事業の範囲をカバーしきれない内容になっていた」なんてことも普通に起こり得ます。

 このような知財(一部法務も含む)的なリスクを泥臭く洗い出し、それを意思決定者(例えば、投資家等)に対して明示することが知財DDの本質的な役割です。

4.知財DDの限界

 このように、知財DDは、事業継続上のリスクを明確化するという点に関しては、非常に有効に機能します。では、「対象会社の技術力や将来性の価値が投資額に見合っているか」、という問いに対してはどうでしょうか。できることは非常に限られる、というのが正直なところではないかと思います。

 つまり、知財(特許)が本質的に事業上のリスクを減少させるということを主たる機能としている以上、知財の価値というものも原則として、事業計画自体の価値に連動せざるを得ないと言えます(ただし最近では、特許出願の宣伝広告的な価値や社会的な信用力の向上等、間接的な効果も注目されています)。

 最後に、特許庁が面白い資料を作成していたようなので、リンクを張っておきます。誰が書いたのか知りませんが、予想以上にちゃんと書いていますね。

https://www.meti.go.jp/press/2018/04/20180403002/20180403002-3.pdf

 

特許明細書と論文の違いって何!?

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1.はじめに

 

 今日は、学術論文(以下、「論文」と呼ぶ)と特許明細書(以下、「明細書」と呼ぶ)の違いというテーマについて、言及したいと思います。日常の業務でも非常によく聞かれる話題ですし、あまりうまく説明できないなぁと思っている人も多いのではないでしょうか。別に、これが正解という訳ではないですが、私が普段説明している内容について、簡単にご紹介します。

2.そもそも目的が違う!

 

 論文と明細書は、ともにテクノロジーを対象としている意味で類似しており、両者をそれほど区別せずに認識している方も少ないように思います。しかしながら、論文と明細書は、その目的が大きく異なります。

 まず論文は、多くの場合、無償での公開を前提としており、論文の内容の公開や伝達それ自体を目的としています。一方、明細書は、あくまでも所定の発明(技術)に対する特許権の取得のために必要とされる書類として公開されるものであり、明細書の公開はあくまでも国の要請にすぎません。また、特許権は、特許出願人がビジネス上の参入障壁を形成するために取得するのですから、技術的な観点だけでなく、ビジネス的な観点を考慮して、検討する必要があります。

3.明細書で考えなければいけないこと

 

 そのため、明細書を記載する場合には、技術的な観点だけでなく、ビジネス面での観点を考慮することが非常に重要となります。

 例えば、非常に高度な技術のみを明細書に記載して、特許を取得した場合、論文であれば技術力が非常に高いという評価にもなりますが、ビジネス的には競合はそもそもそのような高度な技術を有していませんから、特許を取得しようがそうでなかろうが、そもそも競合は参入できないでしょう。この点、論文であれば、技術的に高度な内容であれば、自身の技術力(斬新性)をアピールすることができますから、十分にその目的を達成していると評価できます。

 一方、一見すると従来の技術と大差がないように見えるような汎用的な技術で特許権を取得することができれば、競合がそのような技術を利用せざる得ないケースは当然想定されますから、競合に対して非常に大きな参入障壁として機能する可能性があります。これに対して、論文は従来の技術との差が明確であればあるほど評価される訳ですから、その差の部分を強調することのみで成立します。

 以上をまとめると、明細書は、論文と同様に従来の技術との差異を記載する必要がある(そうでなければ特許として認められない)ものの論文とは異なり競合にとって参入障壁となるよう一般的かつ汎用的な技術でも実現可能になるように上位概念として再構成した内容で記載することが望ましいという点が論文と明確に異なります。よく上位概念化するとか、発明を広げるとか、言うような表現で表されますが、このような一手間を加えることで、より実効的かつ広い特許権を習うことができる明細書を作成していくことができます。エンジニアや研究者の方もこの感覚を持っていただくと、弁理士とのやり取りがスムーズになると思います。

4.その他

 

 また3.と若干重複してしまいますが、明細書に記載する根拠や効果は、(技術分野にもよりますが)論文と比較してかなり低い水準であっても認められる傾向にあります。例えば、論文のように〇〇法という実験方法により試行回数n回の実験を行った結果でなければ認められないというような厳格な基準はありません。

 このような傾向を、業界ではよく明細書は「ご都合主義」というように表現したりしますが、非常に良いたとえかと思います。もし問題があれば、いずれにせよ審査官により主張が認められないだけですからね。

効率的に明細書を作成する極意(それでも明細書が苦手な人へ)

1.はじめに

 

 先日のブログ(ログイン - はてな)で文章の書き方を紹介しましたが、正直、単に文章の書き方の話をされても・・・、なんてもいいから簡単に明細書を書くコツを教えてくれ、という方も多いと思います。

 もっと言えば、一般的な特許事務所であれば、案件を効率的に処理することで利益を上げるビジネスモデルになっています。したがって、特許事務所で働くということは、明細書の品質だけでなく、大量の明細書を短時間で作成するということも極めて重要です。明細書を効率的に処理するにはどうすれば良いのでしょうか。

2.考え方のコツ

 

 (1)文章をブロックとして捉えましょう

  文章の美しさは二の次にして、文章(例えば段落)をブロックとして捉えて明確な文章を作成するように心がけましょう。

  具体的に言えば、例えば、クライアントの資料の3pに記載された内容は[0080]に記載しているとか、〇〇の定義は段落の[0010]に記載しているとか、どの段落に何が書いてあるのか本人及び関係者に明確に分かるように記載するというイメージです。

  このような記載をすることで、明細書全体の修正や加工も容易になりますし、第三者が確認をしやすい(特にクライアントがチェックしやすい)です。変に自分の言葉でまとめた文章を作成してしまうと、文章としての取り扱いが非常に面倒になってしまいます。

 (2)よく利用する表現(文章)を事前に準備しましょう。

  (1)でも述べたように明細書の文章はブロックです。よく利用する表現(文章)は、事前に準備をしておくことで色々な形で応用が可能です。

  このような方法は、、早く、効率的に文章を作成できるだけでなく、むしろ文章の抜け漏れ、誤字・脱字といったミスを明確に減らすことができます。なお、初めに準備する表現(文章)の内容は極めて重要ですから、初心者の方は、先輩や上司に十分確認をとることは必要です(むしろこのようなことが一番勉強になります)。

 (3)作成した表現(文章)をいつでも取り出せる状態にしておきましょう。

  これらのことは割と意識してやっている方もいるかもしれません。したがって、最も重要なことは、このようにして作成した表現(文章)を自由に取り出せるように管理しておくことです。どのような方法でも良いと思うのですが、例えば、私が行っている方法を紹介します。

  私の場合は、例えば、〇〇を説明するときに利用する表現(文章)、△△を説明するときに利用する表現(文章)という形で、特定の目的毎にファイルにまとめて管理したりしています。このような当たり前の効率化を行うだけでも、明細書を作成する効率はかなり上がるものです。少しでも興味がある方は、ぜひお試しください。

3.備考

 

 このような方法は、やはり同じ企業の案件を複数担当するような場合にこそ有効です。一方で、スタートアップ企業やマイナーな技術分野など一品物の明細書を作成する場合には、あまり向いていないかもしれません。このような一品物の明細書の作成については、別の機会にお話しします。

BENRI-Cってなにw

 

1.BENRI-C

 今日は雑談的な感じで気軽なネタに触れたいと思います。先日、日本弁理士会から下のような動画が公開されました。一応、日本弁理士会とは、原則すべての弁理士が所属している強制加入団体です、当然私も所属しています。まさか裏でこのような動画が作られているとは、、、知りませんでした。

www.youtube.com

 初めてこの動画を見たときは、事務所にいた同僚と一緒に大爆笑しました。やはり、ツイッター等でもかなり話題になっているようですね。正直、あの団体がこんな思い切ったことをしたというだけで十分良かったのではないかと思っています。古坂大魔王という人選も良いですしね。ということで、せっかくの機会なので日本弁理士会や業界の状況について少し考えたいと思います。

2.弁理士の実態

 

 日本弁理士会の会員の分布状況(2019年7月時点)によれば、弁理士の平均年齢は50.17歳とのことです。日本のサラリーマンの平均が40歳前後であることを考えれば、どうでしょうね。基本的に定年がないという点を差し引けば、割とこんなもんなのかもしれません。税理士の平均年齢が60歳を超えているようですから、士業の中ではそこまで高齢化は進んでいない方なのかもしれません。

 ただし、圧倒的な問題点があります。若い人が本当に少ないんですね。同資料によれば、35歳未満の弁理士は689名だそうです。ちなみに弁理士全体の人数は、11000人程度ですので約6%程度に過ぎないですし、20代となるとさらに減ります。

 早い話が、これからどんどん年齢層が上がっていくんですね。10代のYoutuberが当たり前のように当たり前のように金を稼ぎ、e-sportsなんかでも10代のトッププレイヤーが億単位の賞金を手にします。出した例がだいぶ私の好みに寄ってる気はしますが、まあ市場の流れについていけない弁理士は増えるでしょうね。

 一応、誤解の内容に言うと、ベテランの弁理士さんたちがどうではなく若い人に参入してもらわないと業界に未来がないってことなんです。その意味で、この動画は一定の効果を出してくれるんだろうなぁと期待しています。面白いですよね、普通に。

3.気になった点

 

 (1)クライアントのイメージがよくわからない

  「あなたの」というところの「あなた」というのは、誰を示してるんですかね。中小企業の社長さんのようなイメージなのか、個人の方なのか、大手企業のイメージではないでしょうから最終的にどのような方をクライアントとして想定したストーリーなんでしょうか。

 (2)弁理士のイメージが古い

  弁理士は、発明したものを伝えて任せれば特許庁と戦って特許を取得してくれる・・・、まあやはり中小規模の所長弁理士のイメージなんでしょうかね。日本弁理士会の多数派ですから仕方ないとは思うのですが、、、むしろ新しいビジネスモデル(弁理士イメージ)作っていかないとじり貧だと思うんですけどね。インハウスの人とかまるで意識してないですよね。

 (3)どんな仕事なのかが分からない

  何だかんだで、弁理士の仕事がどんな仕事なのか全く入ってこないですね。まあここら辺は敢えての戦略かも知れませんが、、、

4.まとめ

 ぐだぐだ書きましたが、そもそも弁理士(知財業界)なんて全く知名度がないといっても過言ではないくらいにマイナーですから分かりやすく、やりすぎるぐらいでちょうど良いですよね。これで若い人来てくれますかね、そんなに甘くない?w

   なお、この動画を見た業界内外(特に外)の方の意見を聞きたいです、良ければコメントいただけると幸いです。

 また、そろそろ、真面目な知財ネタも尽きてきたので、これからはこういう軽いネタも少しづつ増やしていきますので、よろしければ是非ご覧ください!

誤解のない文章を作成する極意~より良い明細書を書くために~

1.はじめに

 

 私は、明細書を書いたことない人、文章の作成に慣れていない人の指導をすることがよくあります。中には、どうしても「すぐに単独で問題の少ない明細書が書けてしまう人」もいれば、「結構経験はあるけどちょっと物足りないなぁ」という人がいます。特に明細書を作成するという業務を念頭に置いた場合、このような差を生む要因の一つに文章を作成する能力の差があるように思います。例えば、よく事務所(や会社)の上司に「何を言いたいのかわからない!」、「書いてある文章の意味が分からない」と言われたことはありませんか、そのような方に向けた特に明細書で必要な「誤解がなく、明確に、相手に伝わる文章」の作成の仕方について考えたいと思います。基本的には、明細書を始めとした法律文章の作成を念頭に置いていますが、学術論文や報告書等、他の分野でも応用できる考え方だと思いますので、是非、参考にしてみてください、

 

2.なぜ意味の取りずらい文章になってしまうのか?

 

 私は、「意味の取りずらい文章」が作成されてしまう原因は、主として2つ存在すると考えています。

 まず一つは、「そもそも文章として何を書きたいのか明確になっていない」場合です。このような場合、文章を構成するために執筆者にどのようなことを書きたかったのかを聞いてもうまく説明することができません。そのような状態では、相手に伝わる文章が作成できないのは当然と言えます。

 もう一つは、「執筆者のイメージが文章として表現されていない」場合です。このような場合、執筆者にどのようなことを書きたかったのかを聞くと、実は結構きちんとした返答が返ってきます。つまり、本人のイメージが文章として必要十分に記載されておらず、情報が抜け落ちたいたり、文章の構成が崩れていたりという現象が起きているということです。意外に思うかもしれませんが、このようなケースは結構多い印象があります。今回は、この後者のケースを減少させる方法を考えます。

 

3.改善するためのポイント!

 

 このような問題に対して、私は、例えば(1)から(4)のような対策案を推奨しています。なお、このようなポイントは、明細書等の法律文章や試験の答案(論文式試験)のように「誤解がなく、明確に、相手に伝わる文章」が必要とされる状況で有効です。小説等では全く別のロジックが働くと思いますので、目的に合わせて、取捨選択してください。

 

  (1)文章を短文で区切る(3行ルール)

  ⇒日本語の係り受けは、非常に複雑です。冗長な文章は、係り受けのミスを誘発しまので、まずは文章の「かっこ良さ」よりも、正確な文章を意識しましょう。ちなみに3行ルールとは、長くても3行程度(40×3=120字)程度で文章を区切ることを徹底するという考え方です。明細書の指導でも、論文式試験の指導でもよく使う手法です。

 

  (2)5W1Hを徹底する

  ⇒日本語の場合、特に主語が問題となります。ご存じかと思いますが、例えば、「昨日、友達と食事に行ってさ」というように日本語は、主語がなくてもある程度成り立つ言語として有名です。しかしながら、曖昧なのは間違いがありません。そのため、明細書を作成するような場合では、極力すべての文章に主語を記載すべきです。なお、(1)や(2)の考え方は、作成した文章を他の言語に翻訳するような場合極めて翻訳しやすいという特性もあります。その意味でも、明細書を作成するような場合、(1)や(2)の考え方は必須と言っても過言ではないと思います。

 

  (3)情報を落とさない

  ⇒執筆者のイメージが文章として表現されていないケースについては、執筆者のイメージを文章にした際に何かしらの情報が抜け落ちていることが非常に多いです。つまり、口頭で説明できたのですから、その説明を「そのまま文章にすればいい」のですが、それができていないということです。これに対する解決策は単純です。「文章にしたいイメージをまずは口頭で固めた上で、口頭で表現しようとした内容をそのまま文章にする」ことを意識してみましょう。さすがに不要な部分はありと思いますが、最終的に本当に不要な部分のみを削除すれば問題ありません。

 

  (4)文意が一意に確定できることを意識する

  ⇒作成した文章の「文意が一意に確定できるか」を検討するようにしましょう。複数の文意に解釈できてしまう文章は、明確な文章を作成するには不要です。自分のイメージを一意のみに解釈できる文章に置き換えていきましょう。時間がかかる作業ですが、このような作業を行うことではじめて明確な文章というものが生まれるのだと思います。

4.まとめ

 

 以上、簡単に解説してみましたがいかがだったでしょうか。このような考え方の前提にあるのは、法律文章の特性が、「文章に記載された内容(情報)が全て」であり、原則、一発勝負であるという点です。これは、論文式試験等でも同じです。そのため、「情報の抜け落ち」や「誤解」が致命的な損失につながる可能性があります。

 さらに言えば、明細書の観点で言えば、審査官も人間です。審査のノルマとの関係で、一本の明細書の審査に極わずかな時間しかかけることができません(当然ミスもあります)。その意味でも、誤解の生じない「明確」な文章というのは極めて重要です。

 そして考えてもらいたいのは、そもそも自分のイメージを他者に正確に伝えるというのは、極めて高度な作業であり、簡単にできるものではないということです。その意味では、そのような文章を作成するのは難しくて当たり前です。私自身の文章もどの程度分かりやすいものになっているかは読者の評価次第ですが、私自身は、普段、このようなことを考えて文章(特に明細書)を作成しています。質問等があればお気軽にご連絡ください。

 

知財業界の歩き方(転職編)

1.はじめに

 要望があったので、少し特許事務所への転職について、触れたいと思います。

 諸々の事情で、昔特許事務所の採用に関わっていたこともあるので、このブログでは、若干採用サイドの話も織り交ぜながら説明します。

 知財業界への転身を考えている方や弁理士試験の勉強を始めた方の間で、まず話題に上がるのが「特許事務所ってどうなの?」「いつ転職しようか?」というような話題ではないかと思います。このような疑問に少しでも答えらればと思います。

 

2.特許事務所ってどうなの?

 特許事務所とは、簡単に言えば、特許出願を始めとする知的財産活動に必要となる様々なサービスを提供し、対価を得る(収益を上げる)組織です。つまり、詳細については省略しますが、特許事務所とは、基本的には、多くの特許出願(特に外国の絡む出願)を効率的に処理することで収益を確保する組織です。特許事務所は、最大手でも1000人弱の組織ですし、ほとんどの特許事務所は200人に満たない小規模な組織です。そのため、通常の企業と比較して、余剰人員は少なく、自分の成果(売り上げ)が給与に反映されやすいという意味で実力主義の側面が強いです。

 具体的に特許事務所で明細書等を担当する特許技術者(弁理士資格の有無に関わらず)の待遇で言えば、年収400万円程度から1500万円程度までがよく見る範囲かと思います。これはあくまでも特許事務所に勤務する特許技術者の待遇であり、弁理士で独立している場合はもっと収益を出している方も当然います。いずれにせよ言えるのは、年収の上限で言えば、特許技術者の待遇は、決して低くはありません。ただし、平均給与は決して高くはありませんので、そのような実力主義(成果主義)のスタイルが自分に合っているのかという点を考えるのが最も良いと思います。

 

3.いつ転職すれば良いの?

 数年前(私が弁理士試験の勉強をしていた時期)までは、特許事務所への転職は35歳まででなければ転職は難しいと言われていましたが、特にここ1、2年は弁理士試験の合格者が減っていることもあり、かなり裾野が広がってきている印象があります。また、特許事務所の数もかなり多いですから、特に事務所を選ばなければどのような年齢の方でも就職先自体は見つかるのではないでしょうか。

 ただし、特に業界未経験の場合であれば、一からそれを身に着ける必要がありますので、例えば、年下の上司から厳しい指導を受けるようなことを覚悟しないといけないかも知れません。その点を除けば、流石に若い方の方が伸びるスピードは早い印象はありますが、高齢の方でも十分に成功されている方はいると思います。

 

4.具体的にどのように就職活動をすればいいの?

 基本的に自分で探して応募するということも可能ですが、特許事務所は、非常に数が多いです。また、色々なところで話題にされると思いますが、特許事務所の内情は実際に中に入ってみなければわかりません。そのため、特許事務所への就職でよく利用されるのが、以下のような転職エージェントです。なお、いわゆるコネ(受験仲間やゼミのOB)も有効ですからコネがある場合はそれが一番確実かと思います。

 <転職エージェント>

 MS‐japan:管理部門(バックオフィス)・士業特化型転職エージェントNo.1のMS-Japanの求人・転職情報サイト

 リーガルジョブボード:法律系専門職の求人・転職サイト|リーガルジョブボード

 プロキャリア(LEC):就職・転職をご希望の方 | 企業法務職、知財専門キャリア転職、実務経験者派遣なら プロキャリア

 REX:公認会計士・税理士など経理財務に特化した求人・転職ならREX(レックス)|株式会社レックスアドバイザーズ

 <求人サイト>

 パテントサロン:★パテントサロン★ 特許・知的財産情報サイト

 

5.補足

 転職エージェントとは、近年注目を浴びている業態で、知財業界(特許事務所を含む)で一般的に利用されています。この転職エージェントは、求職者に対して就職先を斡旋するのですが、通常、求職者には一切の費用負担がありません。つまり、転職エージェントに対する費用は、求職者ではなく採用を行った特許事務所(や企業)が支払うことになります。

 例えば、特許事務所が転職エージェントを介して、求職者を採用した場合、初年度年収の30~40%程度の金額を転職エージェントに支払うという契約結ばれているというような形式です。即ち、転職エージェントとしては、求職者の年収が高く評価された方が、自身の利益も大きくなるようにビジネスモデルが設定されています。

 求職者の立場からすれば、転職エージェントは無料で利用ができる上に、給与や条件の交渉にも協力してくれるため、利用する価値は非常に高いです。

 なお、特許事務所にとっては、相当な費用を負担することになりますが、業界全体が人手不足の上に、マッチングも中々うまくはいきませんから、今では多くの事務所が転職エージェントを介した採用を視野に入れています。

スタットアップに必要な「知財戦略」(基本編:その2)

1.知財戦略が必要な理由

 さて、中小企業やスタートアップ企業のようなリソースの少ない企業であっても、知財戦略が必要なのか、という疑問に対する答えは、当然ながら、「YES」です。中小企業やスタートアップ企業であっても、知財活動自体は必ず必要です。

 理由は簡単です。知的財産権という法律的な権利が存在する以上、他社の知的財産権を侵害した場合、法的な制裁措置を受ける可能性があるからです。つまり、防衛という意味での知財戦略すら放棄した場合、他社の知的財産権を侵害しているということで損害賠償請求差し止め請求という形で法的な制裁措置を受ける可能性があるということです。

 この点、一般的に馴染みのある著作権は依拠性を必要としますので「知らなかった」という反論がありあえますが、特許権や商標権については、「知らなかった」という反論は認められません。

 そのため、少なくとも大きなプロジェクトを動かすような場合には、自分たちのプロジェクトが他社の特許権を侵害していないのかという調査を行う必要がありますし、また、調査コストとの兼ね合いで十分な調査を行わない場合でも、そのリスク判断を行う必要があります。

 

2.特許出願を行う必要はある?

 これに対して、特許出願や商標登録出願といった積極的な知財活動に関しては、コストやメリットを比較して、本当に必要かどうかを検討する余地があります。ここで、商標登録出願については、コストに対するメリットが非常に大きく、通常の企業であれば行っておくことをお勧めします(先取りされると面倒ですよ)。

 では、特許出願はどうでしょう。やはり敷居が高いイメージがありますね。特許出願を行うメリットを簡単に説明します。なお、説明の便宜上、特許出願自体のメリットと特許権を取得した際に得られるメリットが混在していますがご容赦ください。

  ⅰ)独占排他権を取得することができます。具体的には、差し止め請求や損害賠償請求を行うこことで、競合を直接的に排除することができます。

  ⅱ)ⅰ)の効果に基づく抑止的な効果で、競合他社を牽制することができます。

 これらに加えて従来的なメリットに加えて、最近では、副次的な効果として以下のようなメリットが知られています。

  ⅲ)HPや営業で特許出願をアピールすることができる(宣伝広告効果)

  ⅳ)M&Aや共同研究等において、対象技術を明確化することができる。逆に言えば、特許出願がない場合、共同研究等の対象範囲を可視化することは極めて困難です。

  ⅴ)社員のモチベーションアップに繋がる

 

3.中小企業やスタートアップ企業の特性

 このようなメリットは、あくまでも一般的に指摘されるものですから、各企業によって必要性は異なるのが普通です。例えば、ⅰ)やⅱ)のメリットについては、上場直前のユニコーン企業等であれば格別、そうでなければ中小企業やスタートアップ企業でそこまでの意識を持つ会社は少ないと思います。そのため、多くの中小企業やスタートアップ企業にとっては、ⅲ)からⅴ)のようなメリットこそ重要になるでしょう。しかし、これはあくまでも一般論です。

 つまり、特許出願をするメリットとは、各企業の状況によって様々であり、正解はありません。その意味において、私は、特に中小企業やスタートアップ企業における知財戦略の第一歩は特許の目的や使い方を検討することだと考えています。

 ただし、中小企業やスタートアップ企業が、大手企業と大きく異なる点が一点あります。それは、中小企業やスタートアップ企業の多くは、知財活動に投資できる資金も少なく、社内に知財や法務に長けた人材もほとんどいないという点です。したがって、中小企業やスタートアップ企業の知財戦略でもっとも重要なポイントの一つは、いかに費用を抑えて、効率的に知財活動を行うのかという点だと思います。

 

4.特許出願にかかるコスト

 では、特許出願に掛かるコストは、どのくらいなのでしょうか。特許事務所の値段設定や審査の過程等によってかなり変動するものの、国内出願か、PCT出願(外国を含む)なのか、という点で大きくコストが変わります。

 例えば、国内出願であれば、特許出願から(うまくいって)特許権を取得できるまでに概ね100万円程度の費用が掛かるのが一般的です。

 また、PCT出願の場合、各国毎に費用が掛かってくるわけですから、例えば、PCT出願を行って、日本、米国、中国の3国で特許権を取得したような場合で、概ね費用の総額は300万円~400万円程度になると思います。

 ただし、ここで気を付けなければいけない点は、単にコストを抑えて安い特許事務所を利用すれば良いという訳ではない点です。そうは言っても、同じ特許事務所ですから、それほど品質が異なることはないとも思いますが、やはり弁理士個人のスキル差も無視できないファクターです。

 以上のような点を踏まえて考えると、私の考える中小企業やスタートアップ企業の知財戦略において主たる方向性としては、まずは知財活動の目的を明確にした上で、それに対するコストという形で見える化して検討し、どのような知財活動を行うのかという意思決定を行うということのように思います。

 

5.コストについての補足(落とし穴)

 特許出願を行う場合、資料の取りまとめや弁理士への説明等、企業(出願人)側にとっても特許出願に多くの工数を割かなければならないことがあります。人材の少ない中小企業やスタートアップ企業にとっては、このようなコストも非常に大きな負担となります。

 しかしだからと言って、明細書の内容を単に特許事務所に丸投げをすればいいかと言えば、少なくとも私は得策ではないと考えています。ここで言いたい趣旨は、あくまでも自社の人材の工数(コスト)を考慮した上で、特許出願を行うかを判断することが重要ということです。

 

*応用編2の内容を再構成し、応用編2を削除しました。応用編は基本編に再構成して、いずれ削除する予定です。