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一から始める知財戦略

知的財産全般について言及します。

特許明細書と論文の違いって何!?

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1.はじめに

 

 今日は、学術論文(以下、「論文」と呼ぶ)と特許明細書(以下、「明細書」と呼ぶ)の違いというテーマについて、言及したいと思います。日常の業務でも非常によく聞かれる話題ですし、あまりうまく説明できないなぁと思っている人も多いのではないでしょうか。別に、これが正解という訳ではないですが、私が普段説明している内容について、簡単にご紹介します。

2.そもそも目的が違う!

 

 論文と明細書は、ともにテクノロジーを対象としている意味で類似しており、両者をそれほど区別せずに認識している方も少ないように思います。しかしながら、論文と明細書は、その目的が大きく異なります。

 まず論文は、多くの場合、無償での公開を前提としており、論文の内容の公開や伝達それ自体を目的としています。一方、明細書は、あくまでも所定の発明(技術)に対する特許権の取得のために必要とされる書類として公開されるものであり、明細書の公開はあくまでも国の要請にすぎません。また、特許権は、特許出願人がビジネス上の参入障壁を形成するために取得するのですから、技術的な観点だけでなく、ビジネス的な観点を考慮して、検討する必要があります。

3.明細書で考えなければいけないこと

 

 そのため、明細書を記載する場合には、技術的な観点だけでなく、ビジネス面での観点を考慮することが非常に重要となります。

 例えば、非常に高度な技術のみを明細書に記載して、特許を取得した場合、論文であれば技術力が非常に高いという評価にもなりますが、ビジネス的には競合はそもそもそのような高度な技術を有していませんから、特許を取得しようがそうでなかろうが、そもそも競合は参入できないでしょう。この点、論文であれば、技術的に高度な内容であれば、自身の技術力(斬新性)をアピールすることができますから、十分にその目的を達成していると評価できます。

 一方、一見すると従来の技術と大差がないように見えるような汎用的な技術で特許権を取得することができれば、競合がそのような技術を利用せざる得ないケースは当然想定されますから、競合に対して非常に大きな参入障壁として機能する可能性があります。これに対して、論文は従来の技術との差が明確であればあるほど評価される訳ですから、その差の部分を強調することのみで成立します。

 以上をまとめると、明細書は、論文と同様に従来の技術との差異を記載する必要がある(そうでなければ特許として認められない)ものの論文とは異なり競合にとって参入障壁となるよう一般的かつ汎用的な技術でも実現可能になるように上位概念として再構成した内容で記載することが望ましいという点が論文と明確に異なります。よく上位概念化するとか、発明を広げるとか、言うような表現で表されますが、このような一手間を加えることで、より実効的かつ広い特許権を習うことができる明細書を作成していくことができます。エンジニアや研究者の方もこの感覚を持っていただくと、弁理士とのやり取りがスムーズになると思います。

4.その他

 

 また3.と若干重複してしまいますが、明細書に記載する根拠や効果は、(技術分野にもよりますが)論文と比較してかなり低い水準であっても認められる傾向にあります。例えば、論文のように〇〇法という実験方法により試行回数n回の実験を行った結果でなければ認められないというような厳格な基準はありません。

 このような傾向を、業界ではよく明細書は「ご都合主義」というように表現したりしますが、非常に良いたとえかと思います。もし問題があれば、いずれにせよ審査官により主張が認められないだけですからね。